昨日で今回の旅も1年半を過ぎたようだ。
2年ぐらいの予定で出たので単純計算すると、期間の4分の3が終了した事になるのだろう。
しかし・・・この先どうなるのだろうか???
大陸とすれば北・中・南米、ヨーロッパ、アフリカ大陸を今回旅し、以前のアジア、オーストラリア旅などをあわせると世界一周と言えなくも無いが・・・いや・・・全然言えないな・・・なんせ全世界約180カ国ぐらいのなか、今までの旅、計3年半の期間で38カ国ぐらいしか周れていないのだ。(ほぼ1ヶ月に一カ国ペース・・・)
この調子で行くと残り140カ国で13年ほどかかることになる・・・・もちろん全世界は無理だと言う事なのはわかっているのだが、想像以上に進まないものである・・・。
僕らなりに見たい観光名所や訪れたい地域を絞って急いで旅しているつもりではあるのだが、それでもまだまだ行きたいのに行けていない場所がたくさんある。
しかし・・・金銭的にも年齢的にもこれ以上何年もずるずると旅は続けられないだろう。
そろそろ、終わり方を考える時期が来ているのかもしれない。
だけど、もう一度の南米と、東ヨーロッパ、中東とこの先のアフリカは少なくとも周りたい・・・・でもこの地域を半年で周れるのかと考えると自信なし・・・期間が延びるか、どれかを諦めるかの選択になるだろう。
さて、今朝も引き続きおなかの調子が悪い・・・・ので午前中は安静に過ごす。
明日は近くの村で祭りがあるのでそこに照準を合わせて治さなければ。
午後になり、おなかも少しずつ落ち着いてきたのでホテルのレストランにて昼食を食べることに。
おなかにやさしそうな卵サンドウィッチと、野菜のパスタをチョイス。パスタは美味しかったがまたもやチリが入っていたので少しドキドキ・・・。
サンドウィッチはパンが乾燥しており台無しな感じに・・・。
食後、今日予定していた片道2時間のバスと計3時間ほどの徒歩移動を要す3つの岩窟教会は中止し、モハメッドが作った一番初めのモスクであり、エチオピアで一番古いモスク(モハメッドが邪教を布教するものとして国を追われてエチオピアにかくまわれた際に作られたそうだ)とWukroの町の近くにある教会だけ見に行く事に。
モスクがあるナゴシの村まではミニバスで20分ほど。村に向かう途中、中国人の現場監督がエチオピア人を使って道路工事を行っていた。
彼らのお陰で、今まで悪路だった道が改善され旅行しやすくなっているのだが、今後この辺りの教会群も観光名所として多くの旅行者が押し寄せ、観光地化されてしまうのだろうな・・・と少し心配になる。
国の発展を単純に喜べないのは旅人のエゴなのだが、今までにもタイ、チベット、などアジア諸国が発展に伴い個性を失ってしまっていく様子を見て残念に感じているので・・・
そろそろミャンマーも秘境じゃなくなるのかもしれない。(ミャンマー国内で欧米人が酒を飲みながら踊り明かしているのは見たくないな・・・)
到着する直前に、岩窟教会のひとつを遠くから眺める事が出来た。その教会は切り立った崖の上に建てられており、まさに地上の孤島の様相。
そこにも行ってみたかったが、全部を周る事は出来ない(特に今日はおなかの調子も悪いし)
まだ1週間近くこの辺りに滞在しそうだからどうしても気になったらまた来てみよう。
そしてナゴシ到着。
ミニバスを降りるとすぐにモスクらしきものが目についた。しかし・・・どう見ても新しすぎる・・・といぶかしく思っていると老人ムスリムが現れ、「古い教会は中じゃて、入りなさい」と声をかけてくれる。入場料は1人30B(150円)
案内されるがままについていくと、モスクのお偉いさんが歴史のあるモスクへと案内してくれる。このモスクの内部と外には計15人のモハメッドの親類やナゴシの王様などが埋葬されているとのことだ。
歴史あると言われれば歴史ある雰囲気だし、そうでもないといえばそうでもない・・・
案内してくれたおじいちゃんは流暢な英語とアラビア語を話す。
モスクに小額のお布施をしたが、最後におじちゃんにもチップが必要だろうと思っていたのだが、「君らが乗るミニバスがちょうど来ている!!急ぎなさい!!」とチップを求めることなく立ち去っていった。良いおじちゃんだった。
そしてミニバスに乗り、wukroの町の近くにあるキルコス教会へ向かうことに。急いでミニバスに乗ってしまったため、陸の孤島の教会の写真が撮れなかった・・・・残念。
さてキルコス教会まで200mの看板の場所でミニバスを降り、教会へ向かっていくと、村から1人・・・2人・・と子供がやってくる。
彼らは「ハロー!!」と声をかけてきたかと思うとすぐに僕らの手をとり、つないで一緒に歩き始める。この人々との距離の近さはエチオピアの凄いところである。
名前を聞かれ、中国人ではないと説明し、どこの町から来たか、などを伝える。
10歳前後の彼らだがその程度の英語なら理解できるようだ。日本で言うと英語にほとんど縁が無い標準的な大学生レベルの会話能力である(文法能力はもちろんグチャグチャだが)
彼らと手を取り合い教会まで歩く。
教会へ行くと司祭さんがやって来て「ひとり100Bじゃよ・・・ 」といきなり金銭の話・・・
今回は散歩がてらの教会視察なので内部に入ることは辞し、子供らと遊びながら帰る。
もちろん最後には「Give me money!!」という台詞が飛び出したが、「一緒に遊んだから僕は1Bあげるけど、君も1Bちょうだい」などと冗談を交えるとケラケラと笑いながらその後はお金の話も出ず、手をつなぎながらの帰り道となった。
旅の間、「ハロー!!」の言葉より前に「Give me money!!」と言ってくる子供達に出合うと、正直良い気分はしない。
だけど、同じ環境で生まれていたら、自分もそういう発言をするのは目に見えている。
何と言っても親が「ほら!!中国人よ!!お金って言ってきなさい!!」とけしかけているのである・・・・。
これを「エチオピアの子供達は教育がなっていない!!」と罵倒する事は簡単なことだが、事実教育を受けていないのだし、価値観の違いといえば価値観の違いなのである。
よその国にきて一方的に彼らの価値観を「間違っている!!」とするのはいかがなものなのか?と思う気持ちと、やっぱり教育上彼らの言動はどうなのだろうか?と思う気持ちが自分の中に同居する。
もし「教育がない・・・」云々感じるのであれば彼らが理解できるような説明をしてあげるべきなのだろうな(教育が無いことに憤慨するのであれば自分が教育したらよいのである。もっともどちらの価値観が正しいかなんて誰にもわからない事だけど・・・)
子供達とわかれ、帰り道にジュースを飲んで帰る。今日一日なんとかおなかも持ってくれた。明日にはしっかり落ち着いてくれたら良いな。
宿でラーメンを作って食べ、のんびり過ごす。
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